東北大学・金属材料研究所・計算材料学センターのスーパーコンピューティングシステムは、日立製作所が導入したスーパーコンピュータ(HPE Cray XD220v, HPE Scale-up Server 3200, HPE Cray XD670)から構成されます。下記にシステムの性能を示します。
システム名 | スーパーコンピュータ | ||
---|---|---|---|
機種名 | HPE Cray XD220v | HPE Scale-up Server 3200 | HPE Cray XD670 |
外観 |
![]() |
![]() |
![]() |
ノード数 | 汎用ノード : 120 大メモリノード : 7 |
2ノード | 11ノード |
CPU |
Intel Xeon Platinum 8480+
|
Intel Xeon Platinum 8490H
|
Intel Xeon Platinum 8480+
|
アクセラレータ | - | - |
NVIDIA H100 80GB SXM5
|
主記憶容量 | 7512 GiB/ノード 2.0 TiB/ノード |
4.0 TiB/ノード | 1.0 TiB/ノード |
システム総演算性能 | 4.052 PFLOPS (CPU性能 : 1.104 PFLOPS, GPU性能 : 2.948 PFLOPS) |
愛称: MASAMUNE-弐
MAterials science Supercomputing system for Advanced MUlti-scale simulations towards NExt-generation Ⅱ
仙台開府の父であるとともに、帆船サン・ファン・バウティスタ号によって仙台から世界を目指した伊達政宗公にちなみ、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータで得られた材料科学に関するマルチスケールシミュレーションの研究成果を、次世代に向けて仙台から世界へ広くアピールできるようにと名付けた前システムの愛称“MASAMUNE-IMR”を引き継ぎ、新システムの愛称を“MASAMUNE-弐”とさせていただきました。
スーパーコンピュータの筐体パネルには、墨絵師の御歌頭氏が描いた2代目を表す勇壮な「弐」の文字と2代目として材料科学のさらなる躍進を見据える政宗公のイメージがデザインされています。
ダイヤモンドライクカーボンは、ダイヤモンドに似た構造を有する材料であり、超低摩擦、超低摩耗、化学的安定性などの優れた特性を有することから、宇宙ステーション、航空機エンジン、ドローン等に加えて、医療用機械などへの応用も期待されています。
しかし、ダイヤモンドライクカーボンの「摩耗」は、材料寿命の低下、機械の故障、さらには予期せぬ事故などを引き起こすため、安全・安心社会の実現に向けて、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗を極限まで減らすことが重要な開発課題となっています。特に、水蒸気、酸素、窒素、水素の分圧などわずかな環境の違いによっても、ダイヤモンドライクカーボンの摩耗現象は大きく変化するため、実験研究によるメカニズムの理解は進んでいません。
そのため、計算科学シミュレーションを活用し、環境・雰囲気がダイヤモンドライクカーボンの摩耗メカニズムに与える影響を明らかにした上で、「摩耗を減らす」ための設計指針を策定することが求められています。しかし、硬さ、電気伝導度などの「材料固有の特性」とは異なり、環境による摩耗現象の変化は「材料の応答特性」であるため、「化学反応、摩擦、衝撃、応力、流体、伝熱」などのマルチフィジックス現象の理解が必須であり、計算科学シミュレーションにおいてもチャレンジングな課題の一つです。
そこで、スーパーコンピュータ”MASAMUNE-IMR”上で、化学反応を含む複雑なマルチフィジックス現象を解明可能な反応分子動力学シミュレータを開発することで、ダイヤモンドライクカーボン上で化学摩耗と機械摩耗の2つのメカニズムで摩耗が発生することを見出すとともに、摩擦時にダイヤモンドライクカーボンの表面上で起こる化学反応が水、酸素などの環境によって変化することで、化学摩耗と機械摩耗の形態や量が異なってくることを世界で初めて明らかにしました。これは、機械システムの超寿命化に加え、故障・事故の防止に貢献しうる成果です。
図 水環境でのダイヤモンドライクカーボンの摩擦シミュレーション(見やすさのために水は非表示)
―ダイヤモンドライクカーボン表面のダングリングボンドを持つ炭素原子上で水分子がH+とOH-に解離し、ここが起点となってメタノール、エタノールなどの含酸素有機分子が蒸発する化学摩耗が起こることを明らかにしました。
Jing Zhang, Yang Wang, Qian Chen, Yixin Su, Shandan Bai, Yusuke Ootani, Nobuki Ozawa, Koshi Adachi, and Momoji Kubo
Carbon, 231 (2025) Art.No.119713, https://doi.org/10.1016/j.carbon.2024.119713
上粘弾性体や弾塑性体などの複雑な内部構造と記憶効果を持つマテリアルの設計においては、マルチスケール・シミュレーション手法が有効です。その1つの例として、マクロな流動/変形をマクロ粒子モデルで表現し、個々のマクロ粒子の内部にミクロな分子シミュレーション(MicS)を埋め込むという手法があります。図(a)(b)は、弾塑性体中を移動する障害物(灰色の円)による破壊のシミュレーションの例です。図(b)に示されるように、弾性体のマクロ変形は流体粒子(SPH)法で表現され、各SPH粒子の中に埋め込まれたMicSが局所的な応力場を計算します。このようにマクロな流体の中に埋め込まれるMicSが分子シミュレーションの場合には、その境界条件の設定は重要な問題となります。図(c)(d)は、従来の周期境界条件では困難であった一軸伸張による大変形を印加された高分子溶融体のシミュレーションの例です。LAMMPSと呼ばれる分子動力学ソフトウェアパッケージ上で、UEF(A LAMMPS package for molecular dynamics under extensional flow fields)とQR分解の方法を適用することで、粗視化分子動力学(CGMD)シミュレーションによる大規模伸張変形を実現しています((c)変形前と(d)変形後)。
[1] Yohei Morii and Toshihiro Kawakatsu
Phys. Fluids 33[9] (2021) Art.No.093106, https://doi.org/10.1063/5.0063059
[2] Takahiro Murashima, Katsumi Hagita and Toshihiro Kawakatsu
Macromolecules 54[15] (2021) Art.No.7210, https://doi.org/10.1021/acs.macromol.1c00267
原子3層分の厚さで構成される二硫化モリブデン(MoS2)は、優れた電気的および光学的特性を有し、次世代の2次元半導体材料として大きな注目を集めている。2次元物質の特徴として、単位体積あたりの表面積が大きく、従来の3次元半導体と比べて高濃度のドーピングが可能である。しかしながら、3次元構造に比べて表面構造の自由度が高いため(置換、吸着、格子間配置など)、安定構造や電気的性質を容易に予測することは困難である。
本研究では、第一原理計算に基づき、MoS2に27種類の不純物元素を導入した場合に形成される安定な原子構造および電子特性を体系的に解析した。不純物の多様な配置に対するエネルギー安定性を、大規模計算によって網羅的に評価した。これらの計算は、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータ「MASAMUNE-IMR」を用いて実施された。その結果、以下の主要な知見が得られた。
(1) 27種類の元素添加によって形成される安定な原子構造を特定し、それぞれの不純物がもたらすキャリア伝導のタイプ(n型またはp型)を明らかにした。
(2) MoS2の代表的なドーパントであるRe(n型)およびNb(p型)を含むすべての元素において、局在した電子状態、すなわちポーラロン状態が形成されることを確認した。さらに、計算によって予測されたこれらのポーラロン状態は、近年の走査型トンネル分光(STM)実験によって実証されている。
(3)本研究の結果は、不純物導入における電気伝導の機構が、主に局在ポーラロン状態間のホッピング伝導に依存することを示唆しており、MoS₂のデバイス特性の最適化や電子特性の理解に向けた重要な手がかりを提供するものである。
Soungmin Bae, Ibuki Miyamoto, Shin Kiyohara, and Yu Kumagai
ACS Nano 18[50] (2024) pp.33988-33997, https://doi.org/10.1021/acsnano.4c08366
自動車の三元触媒など、高温条件下で使用される不均一触媒では熱劣化が問題となる。熱劣化を抑制することは、安定的に使用するために極めて重要です。ペロブスカイト酸化物に担持された金属ナノ粒子は、この分野で大きな期待が寄せられています。しかしながら、熱安定性触媒の理解と開発に不可欠なこれらのシステムの原子レベルでの詳細は、依然としてほとんど未解明のままです。
本研究では、機械学習を活用した密度汎関数理論解析を用いて、Sr3Ti2O7 (001)表面に担持された小さなPdxOyナノ粒子の熱安定性を解明しました。この担体上のPdxOy粒子が自己再生触媒の基準を満たすことを示しました。酸化条件下では、PdとSr3Ti2O7間の固溶体反応が起こりやすくなりますが、表面近傍に限られます。さらに、PdxOyナノ粒子の形成により担体への結合が強化され、ナノ粒子の凝集(焼結)が防止されることも明らかとなりました。詳細な熱力学および電子構造解析を通じて、酸化物担体、酸化金属クラスターのサイズ、および金属-担体相互作用が触媒の熱安定性に及ぼす役割を解明しました。本研究は、熱安定性触媒の合理的設計への道を開きました。
T. N. Pham, B. A. C. Tan, Y. Hamamoto, K. Inagaki, I. Hamada, Y. Morikawa
ACS. Catal.,14(2024), pp:1443-1458. https://doi.org/10.1021/acscatal.3c05673