ノーベル化学賞受賞者
カリフォルニア大学コーン教授の本所訪問
                                     

  コーン教授による1964年の密度汎関数理論とそれに基づく第一原理計算法の開発は、
物性理論に止まらず、電子系の関係する化学、薬学、生物学、等の広範な学問に本質的な進
展を与えた。すなわち、従来は複雑すぎて単純なモデル計算以外は不可能であると考えられ
ていた電子多体系の問題を、具体的な数値計算によって解決可能としたのである。その後、
スーパーコンピュータの進展により、実際的な問題が次々と解明されるようになり、その
有用性が証明された。こうして、1999年のノーベル化学賞に輝くこととなった。
 コーン博士から、直接ノーベル賞講演の内容をお聞きできる又とないチャンスを得ること
ができたことは、本学の研究者にとって誠に幸いであった。もちろん、ノーベル賞受賞後の初来日であり、日本中の関係者に連絡をとった。
講演会の当日は、金属材料研究所講堂に超満員の200名以上が集まり、別室にテレビで同時放映して凌いだ程である。また、この講演会の
様子は、本所ネットワーク運用室が担当してインターネットで国内外に同時放映した。79歳とは思えないかくしゃくとした姿勢で、ノーベ
ル賞受賞講演会の再現をしていただいた。数万原子系までを第一原理で計算できるようになれば、興味のある対象は全て網羅されるという、
我々にとって元気の出る話題から始められ、最新の理論の進展までを分かり易く説いていただいた。極めて友好的な紳士であられ、質問にも
懇切丁寧に答えていただいた。図に講演会後の懇親会のスナップショットを載せたので、当日の打ち解けた雰囲気を味わっていただきたい。
約一週間の滞在中、担当研究室である合金設計制御研究部門の研究者との討議に多くの時間を費やしていただいた。特に、本所のスーパーコンピ
ューターを活用した第一原理計算実績には強い関心を示され、コーン教授の提案で、一般化密度勾配近似のパラメーターを量子モンテカルロ法に
よって決定するための国際共同研究を開始した。
 この機会に、全国共同研究者を中心として、若手を含む多くの研究者が集まり、講演会に出席するとともに、コーン先生からいただいた直接の
助言は、第一原理計算を研究課題とする我が国の研究者にとって極めて重要なものであり、本招聘によって研究上大きな成果が得られた。コーン
教授は、約一週間という短い滞在期間ではあったが、本所内外の研究者や学生と極めて真摯に対応していただけた。朝早くから夜まで、時間も気
にせず、若手研究者の声に耳をすまして聞き入り、適切な助言をなされる姿は感動的ですらあった。高齢を全く感じさせず、約2時間の講演会も
立ったままで行われ、その後の懇親会でも、椅子を用意したにも関わらず、立たれたままで次々と訪れる研究者と最先端の議論を戦わせておられ
た。これらは、我々全てが見本とすべきことであり、大変な刺激となった。
 コーン教授は、第一原理計算法の開発に止まらず、コーン異常、KKR法、等の名前の入った多くの業績を持つ。これは、普通のレベルの研究者で
はとても無理なことである。また、生涯の論文数は60編足らずであるが、全て重要な学問上の寄与を行ったものばかりであり、一つ一つ慈しまれ
た成果であることが、直接お会いしてしみじみ感じられた。最近の論文量産主義への重要な警鐘であるとも考えられ、今後、心して内容の充実した
研究成果の発表を目指すべきであると大いに反省した次第である。